(13) 退院後に起こる問題と対処法 胃切除後症候群とは
胃を切除するということは、胃の機能を失うということでもあります。胃を切除したことによる後遺症を、「胃切除後症候群」と呼びますが、じょうずに対処することで乗り越えられます。
胃切除後症候群の種類と対処法
胃は、食べ物を一時的にためおいたり、たんぱく質や脂肪の一部を分解したりするなど、消化吸収で大きな役割を果たしている臓器です。胃切除後はその機能が失われるため、食べ方を工夫する必要があります。
胃切除後症候群は、胃のどの部分を切除したか、どのくらいの範囲を切除したかによって症状が異なります。
たとえば、噴門部を切除した場合は、食べ物が食道に逆流しやすくなるため、「逆流性食道炎」が起こりやすくなります。幽門部を切除した場合は、食べ物をためおく機能が失われ、小腸に一度に流れ込むため起こる、「ダンピング症候群」という全身症状に注意しなくてはなりません。
胃切除後症候群の中には、手術後比較的早い時期にあらわれるものと、何年もたってから起こるものがあります。
胃切除後症候群の症状は多様ですが、じょうずに対処することで、ふつうの生活を送ることができます。もし胃切除後症候群の症状がみられたら、ひとりで悩まず、医師や看護師に対処法をくわしく聞きましょう。
早期にあらわれるもの
ダンピング症候群、下痢、げっぷやおなら、貧血、栄養障害、牛乳不耐症、逆流性食道炎、逆流性胃炎などがあります。
- ●ダンピング症候群
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食事のすぐあとに起こる早期ダンピング症候群と、2〜3時間後に起こる晩期ダンピング症候群があります。
【早期ダンピング症候群の症状】
食後5~30分で、冷や汗、動悸、めまい、しびれ、だるさなどの全身症状、腹痛や下痢、吐き気、嘔吐、腹部膨満などの腹部症状があらわれる。
【晩期ダンピング症候群の症状】
食後2〜3時間で、頭痛、倦怠感、発汗、めまい、脈や呼吸が速くなる。
【原因】
食べ物が胃内にためられることなくそのまま、短時間のうちに小腸に流れ込むことで起こる。
【対処法】
食事は一度にたくさん食べず、少しずつ回数を多くする。
食べ物はよくかみ、唾液と混ぜ合わせて口の中で粥状にしてから飲み込むようにする。
高たんぱく、低脂肪、低炭水化物の食事を心がける。
食事の工夫だけで改善しないときは、薬物療法が効果的なこともあるので、医師に相談する。
summaryダンピング症候群とは
食べ物が一度に小腸に流れ込むため起こる全身症状です。
「ダンピング」とは、もともとダンプカーが土砂や荷物などを一気に投げ下ろすことをあらわす言葉です。
こんな症状が特徴
●早期ダンピング症候群
食後5~30分くらいであらわれる冷や汗、動悸、めまい、しびれ、だるさ など
●晩期ダンピング症候群
食後2~3時間であらわれる頭痛、倦怠感、発汗、めまい、脈や呼吸が速くなる など
ダンピング症候群を防ぐには
COLUMNダンピング症候群が起きたときの対処法
早期ダンピング症候群の対処法=しばらく横になる
食後5分から30分で、冷や汗、動悸、めまい、しびれ、だるさなどの全身症状や、腹痛、下痢、吐き気、嘔吐、腹部膨満などの腹部症状があらわれるのが、早期ダンピング症状です。
症状が出たら、無理をせずしばらく横になって休みましょう。
●早期ダンピング症候群が起こるしくみ
- 浸透圧の高い食べ物が急激に腸に運ばれる
- ↓
- 腸の動き(蠕動)が激しくなる
- ↓
- 腸から血管に作用する物質が分泌され、全身の血管が広がる
- ↓
- 冷や汗やめまいなどの症状が出現する
晩期ダンピング症候群の対処法=アメなどで当分を補給する
食後2〜3時間で、頭痛、倦怠感、発汗、めまいのほか、脈や呼吸が早くなるといった症状があらわれるのが、晩期ダンピング症候群です。
糖分を補給しましょう。
●晩期ダンピング症候群が起こるしくみ
- 炭水化物が小腸に急速に流れ込む
- ↓
- 炭水化物に含まれる糖質が、急激に血液の中に吸収されて、一時的に高血糖になる
- ↓
- 糖を処理するインスリンというホルモンが、糖の吸収が終わっても分泌され、そのため低血糖になる
知っておきたいダンピング症候群を予防するために
早期、晩期ダンピング症候群とも、食事はゆっくり、よくかんで食べ、腹八分目にする、症状が起きそうだと感じたらすぐにアメをなめることが、予防につながります。
- ●下痢
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【症状】
胃切除後、1~2カ月で起こりやすい。患者さんの約10%にみられる。
【原因】
食べ物が一度に小腸に流れ込むことなどにより、神経反射が起こったり、腸の蠕動運動が過剰になったりして起こる。一時的に過敏性腸症候群になる人もいる。たんぱく質や脂肪の吸収力低下なども一因。
【対処法】
栄養分の高い食事を、少しずつ回数を多く食べる。水様便のときは病院に相談を。あまりひどいときは、消化剤や下痢止めを処方されることもある。
Dr.'sアドバイス便は少しやわらかめで大丈夫
胃切除後は、便の状態が不安定になりがちで、90%くらいの患者さんに下痢や便秘の症状がみられます。
ふつう、便の硬さはバナナくらいがよいとされますが、胃切除後の人はもう少しやわらかめ(練り歯磨き程度)でちょうどいいくらいです。下痢でも食事や水分はとりましょう。
胃や腸の手術のあとは、腸閉塞(イレウス)を起こしやすくなっています。やわらかめの便のほうが、腸閉塞になりにくく安心なのです。しかし、無理にやわらかめにする必要はありません。水分をよくとり、適度な運動を心がけて、排便を整えましょう。
3日以上便秘が続いたら、病院に相談してください。
- ●げっぷやおなら
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【症状】
手術の前よりも、げっぷやおならが頻繁に出るようになる。
【原因】
げっぷは、手術で胃が小さくなったことによって起こる。
おならは、食事をしたりしゃべったりしているときに、無意識に空気を飲み込むことで、頻繁に出ると考えられる。【対処法】
時間がたつとともに少しずつよくなる。気にしすぎると、かえって空気をのみこみやすくなるため、あまり気にせず回復を待つのがよい。
- ●貧血
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【症状】
動悸や息切れ、めまい、疲れやすいなど。胃切除後、2~3カ月から起こりやすい。胃切除後の人の約30%、胃全摘後の人の約70%にみられるといわれる。
【原因】
鉄分の吸収力低下、ビタミンB12の吸収力低下など。
【対処法】
鉄剤やビタミンB12の投与。とくに胃全摘を行った人は、年に2回ほどビタミンB12の注射がすすめられる。
- ●栄養障害
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【症状】
体力が回復しない、下痢、白っぽい便(脂肪便)が出る、体のたんぱく質が減ってむくむなど(低たんぱく血症)、体重減少、貧血など、栄養不足の症状全般がみられる。高齢者に多い。
【原因】
ダンピング症候群、下痢、たんぱく質や脂肪の吸収力低下、鉄分やビタミンB12の吸収力低下など。
【対処法】
それぞれの対処法を実施する。
Dr.'sアドバイス栄養障害の対処法
胃切除後の栄養障害を防ぐためには、手術前から栄養状態を良好に保っておくことが効果的です。
とはいえ、手術後に、食べられない、太れないという患者さんは多くいます。ふつうの食事に加え、栄養機能食品や栄養補助食品をじょうずに取り入れるとよいでしょう。
- ●牛乳不耐症(乳糖不耐症)
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【症状】
牛乳を飲むとおなかがゴロゴロしたり、腹痛や下痢がみられたりする。胃切除後の人の10~15%にみられ、手術後1~3カ月ごろにあらわれる。
【原因】
胃を切除したことにより、たんぱく質の分解・吸収力が低下すること、腸内細菌のバランスがくずれることなどが原因と考えられる。
【対処法】
乳製品を避ける。薬物療法(たんぱく質を分解する薬剤の投与)が行われることもある。
- ●逆流性食道炎
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【症状】
食後の胸やけ、むかつき、みぞおちの痛みなど。胃切除後、1~6カ月であらわれる。
【原因】
噴門側胃切除術で噴門部を失ったことにより、食べ物が逆流しやすくなる。手術でどのような再建術を行ったかによって、起こりやすさが異なり、ビルロートⅡ法という方法を行った人に多いといわれる。
【対処法】
食後すぐ横にならないこと。夕食は就寝の約3時間前までにすませる。症状が強い場合は薬物療法が行われる。
- ●逆流性胃炎
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【症状】
上腹部(胃部)の不快感や痛み、胸やけなど。空腹時に起こりやすい。
【原因】
胆汁などの消化液が、胃に逆流することで起こる。胃酸が減ったことにより、胃内の細菌が増殖することも原因と考えられている。
【対処法】
食後すぐ横にならないこと。一般的な胃炎の薬物療法が行われる。
■何年もたってから起こるもの
胃切除後胆石、カルシウム吸収障害(骨粗鬆症)などがあります。
- ●胃切除後胆石
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【症状】
胆石ができる。症状は強い痛み。
【原因】
手術の際に、胆嚢の神経が切れてしまうと、胆嚢の動きが悪くなり、結石ができやすくなる。リンパ節を広範囲に郭清した場合に起こりやすい。
胃切除後の人の10~20%にみられ、手術後3年以内に起こることが多い。【対処法】
胆嚢を摘出する。予防として、胃切除のときに、あらかじめ胆嚢を取ることもある。
- ●カルシウム吸収障害(骨粗鬆症)
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【症状】
骨密度が低下する。骨がもろくなり、小さな外力でも骨折しやすくなる。
【原因】
胃を切除したことにより、カルシウムの吸収が悪くなることなどが原因。また、カルシウムが骨に沈着するためにはビタミンDが不可欠だが、ビタミンDは脂溶性のため、胃切除後は吸収されにくくなることも一因。
【対処法】
骨密度測定を定期的に行って早期に発見することが大事。
骨粗鬆症のリスクが高いときは、食事療法や運動療法のほか、薬物治療が行われる。骨密度を増やす効果のある薬や、カルシウム製剤、ビタミンD製剤が用いられる。
少しずつよくかんで食べる
胃切除後は、「口で胃のはたらきを補う」と考え、「食べ物を少しずつ小腸に送る」「食べ物を攪拌して粥状にする」といった胃のはたらきを助けるようにしましょう。
唾液には消化酵素が含まれていますので、食べ物とよく混ぜ合わせることで残った胃や、腸への負担を軽減することもできます。
胃切除後症候群のあらわれ方は人それぞれですが、少しずつしか食べられない、すぐおなかがいっぱいになる、無理して食べると調子が悪くなるといったことは、胃切除後の人に共通してみられます。
食べ物といっしょに入った空気がげっぷとして出にくくなるため、おなかが鳴る腹鳴や、ガス(おなら)がたびたび出るようになることもよくあります。
少しずつしか食べられないため、水分の摂取量も少なくなりがちです。
胃切除後は、どうしても食生活を変えざるをえませんし、生活にも工夫が必要になります。とはいえ、食べてはいけないものは基本的にないので、主治医の許可があれば好きなものを食べられます。
胃切除後症候群の症状をやわらげるための薬は、多くの場合手術後1年くらいでやめられます。
少しずつ自分に合った食べ方、暮らし方を見つけていきましょう。
知っておきたい口に胃のかわりをさせよう
唾液にはでんぷんを分解するアミラーゼという消化酵素が含まれます。食べ物を少しずつ口に運び、よくかむことで唾液の出がよくなり、アミラーゼを十分に活用することができます。つまり、口に胃の役割を担ってもらうのです。口の中で食べ物と消化酵素とよく混ぜ、粥状にしながら少しずつ飲み込むことで、残った胃や小腸の負担はずいぶん軽くなります。
summary胃切除後の食事のポイント
Dr.'sアドバイス「食べること」を楽しむために
胃切除後に、食事でつまずく患者さんには共通点があります。一度にたくさん食べてしまうことと、食後すぐ横になってしまうことです。ソファで休んでいると、つい横になってしまうので気をつけましょう。
食後は、15~20分ほど休んだら、散歩に出かけるなど軽い運動をするとよいでしょう。運動すると胃や腸がよく動きます。少し食べすぎたかなと思ったら、ミントの葉を2~3枚かんでみましょう。すっきりするだけでなく消化を助けてくれます。
「食べること」が苦痛になってしまうのはつらいことです。残された消化管をいたわる食べ方を心がけると同時に、好きなものも食べて、食べる楽しみを徐々にとり戻しましょう。