日本臨床外科学会雑誌 第85巻8号 和文抄録

 

臨床経験

成人鼠径部ヘルニアに対する10年間の術式選択と術後成績

JA広島総合病院外科

田崎 達也 他

 目的:Transabdominal preperitoneal repair(以下,TAPP法)を導入した2013年からの10年間の,当科での鼠径部ヘルニア修復術の術式選択の変遷と手術成績を明らかにすることで,ヘルニア診療における課題を明らかにする.対象と方法:2013年4月から2023年3月までに当科で行った成人鼠径部ヘルニア修復術1,898例を対象とし,後方視的に検討した.結果:最も症例が多かったのはTAPP法で,1,359例中9例の再発を認めたが,2017年7月以降の症例では再発を認めていない.待機手術1,814例と緊急手術84例の成績を比較したところ,再発,Clavien-Dindo分類GradeⅡ以上の合併症とも,緊急手術で割合が高かった(p<0.01).結語:成績向上のためには,適切な術式選択と手術手技の向上だけでなく,嵌頓を起こす前に手術を受けるよう,啓蒙することも必要である.

症例

乳癌術後に発症した前骨間神経麻痺の1例

佐賀県医療センター好生館乳腺外科

大河原 一真 他

 特発性前骨間神経麻痺(spontaneous anterior interosseous nerve palsy:sAINP)は原因不明の末梢神経麻痺であり,突然発症することが多くウイルス感染やストレス,患肢の酷使や手術・外傷等が誘因とされる.
 今回われわれは,乳房温存術後に前骨間神経麻痺をきたした稀な症例を経験したので報告する.症例は55歳の女性で,右乳癌に対して右乳房部分切除および腋窩郭清を施行.術後診断はpT1cN1M0 pStageⅡAであった.術後経過は良好で術後7日で退院となったが,術後20日目より右肘関節の疼痛,さらにその2週後(術後34日頃)より母指指節間関節の過伸展,示指遠位指節間関節の屈曲不能が特徴的なtear drop signが出現した.上肢神経超音波で患側の前骨間神経の腫脹が見られ,針筋電図検査では前骨間神経の神経障害が示唆され,炎症性の神経障害と考えられた.前駆痛を伴う前骨間神経支配筋の筋力低下による特徴的な身体所見および炎症性神経障害の所見から,特発性前骨間神経麻痺と診断された.稀な病態であり,若干の文献的考察を加え報告する.

抗HER2療法が有効であったHER2陽性乳腺扁平上皮癌の1例

益田赤十字病院外科

服部 晋司 他

 HER2陽性の乳腺扁平上皮癌(以下,乳腺SCC)は極めて稀である.今回,術前術後に抗HER2療法を施行し病勢コントロールが可能であったHER2陽性乳腺SCCを経験したので報告する.症例は76歳,女性.左乳房のしこりを主訴に受診し,乳房超音波およびCTにて境界不明瞭な19mm大の乳房腫瘤と腫大癒合した多数の腋窩リンパ節を認めた.針生検にてHER2陽性乳腺SCC(cT2N2M0,ER-,PR:10%,HER2:3+,Ki-67:60%)と診断.術前治療としてtrastuzumab(以下,HER),pertuzumab(以下,PER)を含む化学療法を行った後に,左乳房全摘術+腋窩リンパ節郭清術を施行.病理組織学的に癌細胞の角化巣や細胞間橋形成の不明瞭化,核分裂像の消失など,抗HER2療法の効果を確認できた.術後はHER,PERを含むレジメンを継続してSD状態を維持できた.1年4カ月目に肺および縦隔リンパ節に新規転移を認めたが,trastuzumab emtansine(以下,TDM-1)療法に変更し病勢コントロールを得ている.抗HER2療法はHER2陽性乳腺SCCの予後延長に期待できると考えられた.

傍腫瘍性小脳変性症を呈した乳癌の1例

三重県立総合医療センター乳腺外科

大西 春佳 他

 症例は53歳の女性.下肢の動かしにくさを自覚し,徐々に進行し自宅での生活が困難になったため,当院救急外来を受診した.頭部MRIでは明らかな異常は認められなかったが,その後も症状は改善せず,当院神経内科を受診した.歩行困難・構音障害・水平性眼振などが出現しており,同日精査入院となった.CTで左乳房に2cm大の腫瘤と左腋窩に腫大リンパ節を認め,乳癌の疑いで精査加療のため当科を紹介受診した.同部位の吸引式組織生検にて浸潤性乳管癌,腋窩リンパ節の細胞診では転移陽性,血液検査で抗Yo抗体陽性が判明し,傍腫瘍性小脳変性症(paraneoplastic cerebellar degeneration;PCD)を呈した乳癌の診断で,左乳房切除+腋窩郭清(レベルⅠ・Ⅱ)を施行した.pT2N2M0,StageⅢA,ER(弱陽性),PgR(−),HER2(3+),Ki-60 60-70%の診断で,その後ステロイドパルス療法,抗HER2療法,免疫グロブリン大量静注療法,シクロホスファミドパルス療法を行い,失調症状や構音障害が徐々に改善した.

甲状腺癌肺転移として経過観察されてきた肺良性転移性子宮平滑筋腫の1例

日赤愛知医療センター名古屋第一病院呼吸器外科

後藤 まどか 他

 良性転移性平滑筋腫(benign metastasizing leiomyoma:BML)は,その多くが,子宮筋腫が肺へ多発転移する稀な疾患である.症例は67歳,女性.36歳時に子宮筋腫にて子宮摘出,40歳時に甲状腺癌にて甲状腺全摘を受けた.両側多発肺結節を認め,甲状腺癌の肺転移として内分泌外科にて約27年間経過観察中であった.無症状で経過していたが,多発肺結節の一部のみの増大を認めたため,診断確定と方針決定目的に胸腔鏡下左肺生検を施行した.病理所見では,異型のない紡錘形細胞の錯綜を,免疫染色ではエストロゲン・プロゲステロン受容体陽性を認め,肺良性転移性平滑筋腫と診断した.子宮筋腫の既往がある女性における両側多発肺結節では,BMLを鑑別として考慮するべきである.

歯科用デバイスの送気による縦隔気腫の2例

相澤病院外科センター

菱川 峻 他

 症例1は66歳,男性.左下臼歯に対してう歯治療後より左頬部から頸部腫脹があり,同日当院救急外来を受診した.CTで左頬部から鎖骨下,上縦隔への気腫を認め,経過観察目的に入院した.安静と抗菌薬投与で気腫や自覚症状改善を認め独歩退院し,その後も増悪や再燃は認めていない.症例2は63歳,男性.左下臼歯に対して歯周病治療をし,その後から左頬部の腫脹・疼痛があり,症状が増悪するため翌日当院救急外来を受診した.CTで左頬部から両側頸部にかけての皮下気腫・縦隔気腫を認めたが,症状や所見は軽度であり,抗菌薬内服を開始して帰宅した.その後も増悪や再燃は認めていない.
 縦隔気腫は外傷や自然気胸などで多く見られ,呼吸器疾患を治療する医師には広く知られている疾患である.しかし,原因として歯科治療があることはあまり知られておらず,文献的考察を加えて報告する.

FDG-PETで集積を示した胸腺コレステリン肉芽腫の1例

国立病院機構大阪医療センター呼吸器外科

徳永 拓也 他

 症例は44歳の男性で,人間ドックの胸部CTで前縦隔腫瘍を指摘され,FDG-PETで同部位の集積(SUVmax 3.2)を認めたため,当院に紹介となった.胸部造影CTでは前縦隔に1.1×0.8×1.3cmの境界明瞭な結節を認め,造影増強を伴った.胸腺腫を第一に疑い,悪性リンパ腫や胚細胞性腫瘍を鑑別に挙げた.胸腔鏡下に胸腺部分切除を行い,病理検索でコレステリン裂隙,異物巨細胞,組織球浸潤を認め,コレステリン肉芽腫と診断された.コレステリン肉芽腫は,コレステリン結晶が組織に沈着して形成される肉芽腫である.副鼻腔や中耳に発生することが多く,胸腺内に発生することは稀である.縦隔コレステリン肉芽腫の画像診断は困難であり,診断には外科的切除および病理診断を要する.

腹腔鏡下胃全摘7年で発症し腹腔鏡下に整復した食道裂孔部ヘルニア嵌頓の1例

神戸市立医療センター西市民病院外科

石川 佳奈 他

 症例は7年前に胃癌で腹腔鏡下胃全摘術の既往がある,69歳の男性.胃癌は再発なく5年で経過観察終了となっていた.受診前日から心窩部痛が出現し徐々に増悪するため,当院を受診した.胸腹部CTにて縦隔内に腸管の脱出を認め,食道裂孔ヘルニア嵌頓と診断した.明らかな腸管穿孔や拡張の所見を認めず,腹腔鏡下に整復可能と判断して緊急腹腔鏡下手術を行った.食道裂孔の開大とY脚吻合部を含む小腸の縦隔内嵌入を認めた.腹腔鏡下に嵌頓を整復し,食道裂孔腹側の縫縮および挙上空腸と横隔膜との縫合固定を行った.経過良好で術後9日目に退院し,術後2年が経過して胃癌および食道裂孔ヘルニアの再発は認めていない.腹腔鏡下胃全摘術後の食道裂孔ヘルニア嵌頓は比較的稀な合併症であり,長期経過後でも発症する可能性がある.術中に予防策を講じた上で,経過観察中に食道裂孔ヘルニアを認めた際には,修復術を念頭に置いた慎重な経過観察が必要と思われる.

胸腔鏡・腹腔鏡併用手術を行った特発性食道破裂の1例

三井記念病院消化器外科

先名 康喜 他

 45歳,女性.夕食後の激しい嘔吐から胸背部痛が出現し,近医に救急搬送された.CTで特発性食道破裂と診断され,当院に転送となった.胃管からの造影で下部食道左側の穿孔を,直後のCTで縦隔膿瘍と左胸水,縦隔内への造影剤の漏出を認めたが,造影剤の胸水への移行はなく縦隔内限局型と診断した.両肺換気,右半側臥位で手術を開始し,腹腔鏡手術にて縦隔の洗浄ドレナージを実施後,カメラポート+1ポートで左胸腔内観察を行うと膿胸を認め,洗浄ドレナージを行った.術後は7手術病日に食道透視でわずかな造影剤漏出を認めたが,14手術病日に消失し,22手術病日に退院,以後の経過も良好であった.
 下部食道左側の縦隔限局型の特発性食道破裂は腹腔鏡手術により洗浄ドレナージが可能であるが,本症例のように胸腔鏡の併用が必要な症例もあると考えられ,半側臥位で手術を行うことで胸腔内の洗浄ドレナージの必要性に応じることができる.

外科的根治切除を行った横隔膜上食道憩室内癌の1例

岐阜大学医学部消化器外科

小木曽 友佑 他

 本邦における食道憩室の頻度は1.6%程度であり,食道憩室内癌はその0.6%に発生する稀な疾患である.横隔膜上憩室は仮性憩室であり固有筋層を欠くため,憩室内に発生した癌は周囲に浸潤しやすく症状に乏しいため,進行癌で発見され予後不良となりやすい.症例は72歳,女性.検診で横隔膜上憩室を指摘され定期検査を受けていた.6年後,上部消化管内視鏡検査で同憩室内に20mm大の0-Ⅱb病変を認めた.生検で扁平上皮癌が検出され,cT1a-EP/LPM,N0,M0,cStage0と診断した.内視鏡的切除も検討されたが,慢性咳嗽や逆流性食道炎症状を有し,腫瘍辺縁が憩室開口部に近接していたため,外科的切除の方針とした.胸腔鏡下食道亜全摘術,2領域郭清,亜全胃胃管再建術を施行し,R0切除を得た.病理診断はpT1a-MM,N0,M0,fStage0であった.今回われわれは,横隔膜上食道憩室を定期観察し,憩室内癌を早期に発見することで外科的根治切除が可能であった症例を経験したため,文献的考察を加えて報告する.

腹腔鏡内視鏡合同胃局所切除術を行った出血性胃脂肪腫の1例

東北労災病院外科

金原 圭吾 他

 症例は78歳,女性.2018年12月,胃体上部大弯後壁に粘膜下腫瘍を認め,諸検査で胃脂肪腫と診断し経過観察中であった.2022年7月に動悸・ふらつきを主訴に近医を受診,Hb4.1g/dlと貧血を認め,当院へ紹介となった.緊急上部消化管内視鏡検査では頂部粘膜が欠損し脂肪腫が露出した粘膜下腫瘍を認め,胃内には血液残渣を認めた.自然止血されていたが径65mmと増大傾向であり,再出血のリスクがあることから,腹腔鏡内視鏡合同胃局所切除術(classical LECS)を施行した.病理組織学的検査では胃脂肪腫の診断であった.胃脂肪腫は経過観察となることが多いが,出血や閉塞などの有症状時や悪性所見が疑われれば切除を要し,腫瘍径や占居部位を考慮し切除方法を検討する必要がある.今回,出血性胃脂肪腫に対し腹腔鏡内視鏡合同胃局所切除術を施行した1例を経験したため報告する.

閉鎖陰圧療法により閉鎖した腸管皮膚瘻の1例

行徳総合病院外科

山本 裕之 他

 患者は53歳,男性.十二指腸潰瘍穿孔に対して幽門側胃切除術,Roux-en-Y再建術の既往がある.急激な腹痛を主訴に当院へ救急搬送となり,大動脈解離に伴う小腸壊死を認めたことから緊急手術を行った.初回手術で小腸部分切除,残胃盲端として輸入脚瘻と空腸粘液瘻を二連銃式ストーマの形で造設,第2回手術で小腸亜全摘,残胃結腸吻合,輸入脚回腸吻合を行った.術後に輸入脚回腸吻合部の縫合不全から初回手術時のストーマ造設部へと瘻孔を形成する形で腸管皮膚瘻を形成した.同病変に対して閉鎖陰圧療法を行い,保存的に瘻孔を閉鎖しえたので,文献的考察を加えて報告する.

門脈ガス血症を呈し遅発性に出血と狭窄をきたした虚血性小腸炎の1例

深谷赤十字病院外科

島巻 佳昂 他

 症例は75歳,男性.経皮的冠動脈インターベンション施行後に穿刺部血腫による出血性ショックと腹痛をきたし,腹部CTで門脈ガス血症を認め,当科に紹介となった.代謝性アシドーシスを認め,非閉塞性腸管虚血を否定できず緊急手術を施行したが,腸管壊死は認めず閉腹した.手術翌日の腹部CTで門脈ガスは消失していた.第21病日に食事を開始したところ血便が出現し,下部消化管内視鏡で遠位回腸に潰瘍と露出血管を認め,同部位は狭窄していた.食事を再開したが腹痛・腹部膨満が出現したため,狭窄型の虚血性小腸炎による通過障害と診断した.第40病日に再手術を施行したが,遠位回腸に肥厚と狭窄を認めたため,小腸切除を行った.門脈ガス血症を呈する虚血性小腸炎は,虚血性変化が粘膜下層以深まで及び,その修復過程で遅発性に小腸狭窄が起こる可能性があることを念頭に置く必要がある.

空腸異物肉芽腫により発症した腸閉塞の1例

福岡大学筑紫病院外科

山門 仁 他

 症例は48歳の女性で,上腹部痛を主訴に当院救急外来を受診した.腹部手術歴はなく,CTで十二指腸水平脚から上部空腸にかけて腸管の狭窄とその口側腸管の拡張を認めた.単純性腸閉塞の診断で胃管留置,輸液,絶食を開始したが改善を認めず,入院後8日目に審査腹腔鏡を施行した.上腹部にて索状物によって形成されたヘルニア門に,十二指腸から回腸末端までの小腸が緩く嵌入していた.索状物は上部空腸から発生したと思われる腫瘤と下行結腸間膜が癒着して形成されていた.癒着を切離後に腫瘤を含む空腸を楔状に全層切除を施行した.病理組織学的所見では悪性像は認めず,中心に異物を含む壊死組織を囲むように組織球集簇巣を認め,異物肉芽腫と診断した.病理組織学的には異物の種類は特定できなかったが,腹部手術歴がないことや魚介類の嗜好から魚骨などの食物による異物反応が考えられた.空腸異物肉芽腫による腸閉塞の1例を経験したため報告する.

腹壁膿瘍を合併した魚骨による虫垂炎の1例

順天堂大学下部消化管外科

濱田 篤彦 他

 緒言:腹壁に膿瘍を形成する虫垂炎は比較的稀である.今回,腹壁膿瘍を形成した魚骨による虫垂炎に対し,腹腔鏡手術と経皮的な局所手術のコンバインドアプローチによる手術を施行した症例を経験したので報告する.症例:患者は58歳の男性.1年前に右下腹部の腫脹を自覚した.腹部CTで虫垂内部に線状の石灰化像が認められ,虫垂が癒着している腹壁に膿瘍を疑う腫瘤が認められた.その際は保存的加療により改善した.しかし,再燃・消失を繰り返したため,手術の方針とした.腹腔鏡操作では虫垂切除と周囲腹壁を合併切除し,腹側からの局所手術では膿瘍直上で切開しドレナージを行った.虫垂内には魚骨が認められたため,感染源は除去されたと判断し手術を終了した.術後経過は良好で第6病日に退院となった.結語:腹壁膿瘍を合併した魚骨による虫垂炎に対し,腹腔鏡と局所の両方からのアプローチを施行した症例を経験したので,文献的考察を加え報告する.

急性虫垂炎で発症した虫垂杯細胞腺癌の2例

阪南市民病院外科・消化器外科

木下 博之 他

 急性虫垂炎で発症した虫垂杯細胞腺癌(appendiceal goblet cell adenocarcinoma:以下,AGCA)の2手術例を経験したので報告する.症例1は74歳の女性で,腹痛・嘔吐を主訴として当科を受診した.穿孔を伴う虫垂炎の診断の下,虫垂切除と腹腔内洗浄ドレナージ術を行った.病理組織学的検査でAGCAと診断した.症例2は39歳の男性で,膿瘍形成を伴う複雑性虫垂炎に対して保存的治療後に待機的虫垂切除術を施行したところ,病理組織学的検査でAGCAが判明した.初回手術1カ月後に腹腔鏡下回盲部切除,3群リンパ節郭清術を施行した.
 急性虫垂炎に対して保存的治療後の待機的虫垂切除術(interval appendectomy:以下,IA)は有用な手段であるが,中高年者における複雑性虫垂炎例の中には悪性腫瘍が潜在する可能性があるため,保存的治療後の術前下部消化管内視鏡検査とIAは必要である.

下部消化管穿孔後に急激な転帰を辿った血管型Ehlers-Danlos症候群の1例

磐田市立総合病院消化器外科

三須 敬太 他

 症例は20歳,女性.卵巣出血後の腹痛再燃で当院産婦人科に入院し,2日後下部消化管穿孔に対して緊急手術を施行した.穿孔部を含めた下行結腸を切除したが,断端を含め全ての腸管壁が脆弱で接触性出血をきたしたために,open abdomen managementで手術を終了した.全身状態が安定した手術2日後に出血や消化管穿孔・壊死がないことを確認した後に,人工肛門造設・閉腹を行った.しかし,再手術7日後にドレーンからの血性排液が出現したために造影CTを施行したところ,左胃動脈瘤破裂が判明した.緊急血管造影で破裂血管はコイル塞栓止血できたが,他の腹腔内動脈に多数の動脈瘤を認めた.集中治療室帰室直後に再出血をきたして心肺停止,蘇生処置を行うも死亡した.
 本症例は,術中所見や幼少期からの症状をもとに初回手術直後に血管型Ehlers-Danlos症候群の臨床診断をした.低侵襲管理を心掛けたものの,動脈瘤破裂による出血で救命できなかった.本症例の経験をもとに,文献的考察を踏まえて報告する.

20歳右側結腸間膜リンパ管腫の1例

鳥取大学医学部消化器・小児外科

木原 恭一 他

 リンパ管腫は小児の頭頸部に好発し,成人,腸間膜発生は稀である.症例は20歳,女性.右下腹部痛のため救急外来を受診し,WBC 11,700/μL,CRP 6.56mg/dL,CTで右腹部に100mm大の多房性嚢胞性腫瘤を指摘された.画像上,腫瘤は回結腸動静脈を内包しつつ上腸間膜静脈右側縁を越えず,隣接臓器との境界は保たれ,充実成分を認めなった.リンパ管腫・嚢胞性粘液腺腫・嚢胞性中皮腫を鑑別に挙げ,診断的意義を含め切除の方針となった.開腹すると右側結腸間膜内に病変を認め,一塊に右結腸切除術を行った.組織学的に嚢胞は不規則に拡張した大型脈管であり,裏打ちする単層上皮はCD31+,D2-40+,CD34-であったことから,リンパ管腫と診断された.再発なく1年が経過している.本邦における成人の腸間膜発生の既報告を解析し,考察を加えて報告する.

腸重積合併により下部消化管穿孔をきたした腸管嚢腫様気腫症の1例

那須赤十字病院外科

寄森 駿 他

 症例は48歳,男性.来院前日から下腹部痛と粘血便を認め,近医より紹介となった.腹部造影CTを施行したところ,脾弯曲部にtarget signと口側の腸管に多数の壁内気腫を認め,腸管嚢腫様気腫症(pneumatosis cystoides intestinalis:PCI)に伴う腸重積を疑った.重積した腸管壁の造影不良と腹腔内遊離ガス像から,同部での消化管穿孔の可能性を考慮して緊急手術の方針とした.開腹すると含気性嚢胞を伴う横行結腸と脾弯曲部で重積した腸管を認めた.用手的整復は困難であったため,含気性嚢胞を残存させないように結腸部分切除術を施行した.切除腸管には微小穿孔を認め,病理組織学的にPCIに矛盾しない所見であったため,PCIに伴う腸重積による消化管穿孔と診断した.第11病日に退院し,術後1年間無再発で経過している.PCIを契機に発症した腸重積は右側結腸に多いとされるが,左側結腸で重積し穿孔した稀な症例を経験したので,若干の文献的考察を加え報告する.

腹腔鏡補助下S状結腸切除後の再建腸管と骨盤壁による絞扼性腸閉塞の1例

石川県済生会金沢病院外科

富田 剛治 他

 今回われわれは,腹腔鏡補助下S状結腸切除後の再建腸管と骨盤壁による絞扼性腸閉塞の1例を経験した.症例は80歳,女性.5年前に他院で腹腔鏡補助下S状結腸切除術を施行されていた.突然の腹痛・嘔気の出現にて救急搬送,腹部CTにて骨盤内小腸の拡張とclosed loopを認め,術後の癒着による絞扼性腸閉塞と診断した.緊急手術を施行した.再建腸管と後方の仙骨前面との間に形成された間隙に小腸が入り込み,絞扼されていた.壊死腸管を部分切除した.腹腔鏡下手術であっても症例によっては,腸管・腸間膜の走行と骨盤壁に間隙を作らない,あるいは間隙を閉鎖するような手技を考慮すべきと考える.

陰茎転移をきたした直腸癌の1例

多根総合病院外科

實近 侑亮 他

 症例は76歳,男性.下部直腸癌(cT3N3M0 cStageⅢc)と診断され,術前放射線療法(25Gy/5fr)を施行後に腹腔鏡下腹会陰式直腸切断術,D3郭清,右側方リンパ節郭清を行った(ypT3N1bM0 ypStageⅢb).術後化学療法としてCAPOXを4コース行った.術後1年8カ月の造影CTで肝S7領域に10mm大の転移を認め,他院にて腹腔鏡下肝後区域切除術を行った.術後補助化学療法としてcapecitabineを7コース行った.直腸切除術後3年7カ月の造影CTにて陰茎左側に細長い不整な造影効果を示す腫瘤性病変を認めた.病理検査や免疫組織学的検査の結果より,直腸癌の陰茎転移と診断された.治療法として再度化学療法を選択し,FOLFOX+PANIを6コース行った後のフォローアップCTでは,腫瘍の縮小(67×20mm→61×10mm)が認められた.直腸癌の陰茎転移に対して化学療法で奏効を得た1例を経験したため報告する.

腸回転異常症を併存したOgilvie症候群の1例

東京慈恵会医科大学外科学講座

竹下 賢司 他

 症例は60歳の男性で,腸管拡張による腹部膨満に伴う全身状態低下にて搬送され,下部消化管内視鏡挿入による脱気および経肛門イレウス管を留置するも改善は得られず,Ogilvie症候群と診断し,横行結腸双孔式人工肛門を造設し改善を得た.拡張改善後の精査にて腸回転異常症が判明した.Ogilvie症候群は大腸の機能的な通過障害により大腸閉塞をきたす稀な疾患である.今回,腸回転異常症にOgilvie症候群を併発し,人工肛門造設術にて軽快が得られた極めて稀な1例を経験したので報告する.

Total neoadjuvant therapy後にWatch and Waitを行っている肛門管腺癌の1例

和歌山労災病院外科

桐山 茂久 他

 症例は32歳,男性.排便時痛を主訴に当科に紹介となり,精査の結果,直腸型肛門管腺癌,cT2N0cM0,cStageⅠと診断された.腫瘍マーカーはCEA 9.7ng/ml,CA19-9 90IU/mlとCEA・CA19-9ともに上昇していた.手術加療を勧めたが人工肛門造設に同意が得られなかったため,total neoadjuvant therapy(TNT)としてCAPOX+BEVを3コース行い,化学放射線療法(capecitabine併用.骨盤に36Gy(1.8Gy×33fr),原発巣にboost照射23.4Gy(1.8Gy×13fr),総線量59.4Gy)を施行,その後capecitabine単独療法を2クール行った.治療後の内視鏡で腫瘍部位の平坦化が認められ,生検でもGroup1の結果であり,cCRと判断した.この時点で本人・家族に再度手術加療を勧めたがWatch and Waitを強く希望した.現在治療は行わず定期的に内視鏡検査・CT・MRIを行いながら経過観察中であるが,TNT後1年3カ月経過した現在も再発は認めていない.

遠位胆管癌切除後に発生した異時性肝門部領域胆管癌の1例

川崎医科大学総合医療センター外科

浦野 貴至 他

 症例は72歳,女性で,遠位胆管癌(pT2N0M0,StageⅡA)に対して膵頭十二指腸切除術を施行し,2年6カ月後の腹部CTで,右肝内胆管の拡張と右肝管の壁肥厚を認めた.内視鏡的逆行性胆管造影で右肝管の狭窄を認め,生検で腺癌と診断された.右肝管から発生した肝門部領域胆管癌と診断し,肝右葉切除,尾状葉切除,左肝管再建術を施行した.病理診断では高分化型腺癌,pT2bN0M0,pStageⅡと診断された.肝切除術から11カ月後に傍大動脈周囲リンパ節に転移再発をきたし,全身化学療法および腹部大動脈周囲への放射線照射を行った.初回手術からは5年8カ月後,肝切除から2年11カ月後に現病死した.腫瘍は初回手術の病変部から解剖学的,病理学的に離れており,初回手術から2年以上経過していたことから,本症例は断端再発ではなく異時性胆管癌と診断した.

妊娠出産を契機として診断に至った膵粘液性嚢胞腫瘍の1例

平塚市民病院外科

大塚 麻莉奈 他

 症例は37歳,女性.検診で偶発的に膵尾部の嚢胞性病変を指摘された.腹部CT・MRIでは20mm大の嚢胞性腫瘤が描出され,超音波内視鏡(endoscopic ultrasonograply:EUS)から膵管内乳頭粘液性腫瘍(intraductal papillary mucinous neoplasm:IPMN)と診断,経過観察の方針となった.その後に第1子を妊娠・出産したが,出産後6カ月の腹部CTで腫瘤は35mm大に増大しており,腫瘍より尾部側の膵萎縮と主膵管拡張を認めた.MRIでは嚢胞内部の隔壁構造が確認された.以上より膵粘液性嚢胞腫瘍(mucinous cyst neoplasm:MCN)の診断に至り,腹腔鏡下膵体尾部切除術を施行した.病理では嚢胞は異型の乏しい円柱上皮に裏装されており,上皮直下には卵巣様間質が散見され,MCNに矛盾しない所見であった.悪性所見は認めなかった.以降,明らかな再発はなく,その後第2子を無事出産した.MCNは妊娠経過中に急速増大することがあると報告されており,慎重な経過観察や手術計画が肝要である.

腹腔鏡下鼠径ヘルニア修復術後の癒着性腸閉塞の1例

国立病院機構南和歌山医療センター外科

永野 翔太郎 他

 症例は70歳の男性で,右鼠径ヘルニアに対する手術目的で当院を受診し,腹腔鏡下鼠径ヘルニア修復術(Trans-Abdominal Pre-Peritoneal repair:以下,TAPP)を施行した.腹腔鏡所見で両側に外鼠径ヘルニア(右:L2型,左:L1型)を認めたため,TAPPを施行し術後3日目に退院した.TAPP施行2カ月後に腸閉塞を発症し,当院に再入院した.イレウス管による保存的加療で改善を認めなかったため,手術を施行した.術中所見にて,右鼠径部の腹膜縫合部は離開し小腸が癒着していた.腹腔鏡下に癒着剥離術を施行した.前回の手術で留置したメッシュは周囲組織と強固に癒着し,腹膜の再修復が不可能であったため,癒着防止メッシュ(ベントラライST,バード社)で腹膜欠損部を被覆し手術を終了した.術後は合併症なく退院した.術後9カ月経過した現在でも腸閉塞,ヘルニアの再発なく経過している.
 今回,TAPP施行後に発症した腸閉塞に対して,同部位を癒着防止メッシュで被覆し良好な経過であった1例を経験した.若干の文献学的考察を加えて報告する.

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