5. このままでは日本の医療は崩壊する ―診療報酬の適正化が必要―

これまでのわが国の国民皆保険制度による医療ではフリーアクセス、平等給付の原則が守られ、患者さんは比較的少ない負担で、国際的にみても高い水準の医療を受けてきました。

A) 勤務医の我慢は限界まできている  ―労働基準法は医師には適用されない―

しかし、医師や看護師などの医療従事者や病院にとって、今の医療環境は大変に苛酷なものです。それでもこれまで何とかやって来られたのは、病院の医療従事者の医療に対する情熱と犠牲があったからです。

大衆迎合主義に流されているわが国のマスコミは医師を攻撃することには熱心ですが、最近まで、医療現場の実情をあまり報道してきしませんでした。平均すると週70時間をこえる病院医師の労働時間、当直で徹夜をしても代休も交替要員もなく翌朝からまた外来や手術などの通常勤務をこなさなければならないなど、労働基準法を全く無視した過酷な医師勤務体制、一人で病棟の深夜夜勤をして翌朝には二人の患者を時間通りに手術室に運ばなければならないような看護師の勤務体制によって、今の病院医療は何とか持ちこたえてきたのです。

前米国大統領クリントンの夫人のヒラリー・クリントン国務長官は、日本の医師を評して「聖職者のごとき献身」と絶賛しています。

患者さんやマスコミからは「3時間待ち、3分間診療」とお叱りを受けていますが、病床100当りの医師の数や、看護師の数が米国のたった1/5というわが国の現状では、もうこれが限界なのです(図11)

先進国の医師、看護師数の比較
図11 先進国の医師、看護師数の比較

B) 病院経営を崩壊させないためには、診療報酬の適正化が不可欠

病院が医師や看護師を増やして患者さんへのサービスを良くしようと考えても、経営が赤字で採算がとれなければそれもできません。

入院したことがある患者さんは異口同音に「病院の先生がこんなに忙しいとは知らなかった」と言われます。そんなに忙しく長い時間働いているのに何故、病院は赤字になるのでしょうか?

その原因は、そもそも保険診療による診療報酬が厚労省によって大変に低く決められているからです。どの位安く決められているかと言うと、わが国の診療報酬額は平均的にみると米国の1/5から1/10にすぎません。診療科によってもちがいますが、手術をすると手術に使う材料代などで赤字になってしまうものが少なくないのです。小児科、産科、救急医療、外科などは診療をすればするほど赤字になってしまう不採算部門です。そのために、診療や手術をやめてしまう病院が増えています。このことはマスコミもようやく報道するようになりました。

最近の統計では、1年に約4,600人の医師が病院をやめて開業しています。3Kと言われる過酷な診療科では病院勤務に嫌気がさしてしまうからです。病院と診療所(開業医)がバランスを保って機能することが医療では大切ですが、このままではわが国の病院医療や地域医療は崩壊してしまいます。それでも厚生労働省は診療報酬を適正化すると言いながら削減するばかりで、病院が成り立つように診療報酬を改善しようとしてきませんでした。

外保連(外科系学会社会保険委員会連合)では、他の団体とも協力して現在の医療が持続できるように診療報酬を適正なレベルに改善して欲しいと毎年、厚生労働省に要望しています。しかし、厚生労働省も財務省も「ない袖は振れぬ」の一点ばりです。

必要な医療費までを削減すると、医療の安全性や質を維持することができなくなるばかりか、医療全体が崩壊してしまいます。このことは英国のサッチャー政権が医療費削減政策を続けたために、英国の医療が見るも無残に崩壊してしまったことをみれば明らかです。

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