4.手術治療法
成人鼠径部ヘルニアの手術方法について
現在の日本での鼠径部ヘルニア治療は、95%以上でメッシュ法が選択されています。現在では、メッシュを使用しない方が良いと医師が判断した限られた状況下で組織縫合法(患者さん自身の組織を用いて糸と針で縫い合わせて閉鎖する方法)が選択されます。この自身の組織を使用する方法は、筋肉を縫い寄せて穴を閉じて補強するため、縫合部に緊張がかかり手術後の不快感や疼痛は強く、長い期間の運動制限があり、再発率が高い傾向があります。しかしながら、メッシュなどの異物を使用しない手術ですので、感染には強いという大きな利点があります。かんとん(陥頓)や腹膜炎の緊急手術の場合や感染の可能性が高いと判断される状況では、組織縫合法が選択される場合があるのです。
鼠径部切開によるメッシュ法
鼠径部切開法という手術方法で、直接鼠径部を切開してメッシュ(網)を用いて治療する手術方法です。日本における鼠径部ヘルニアの約6~7割がこの方法で手術治療が行われています(図8)。ヘルニアの大きさや種類にもよりますが、具体的にはヘルニアで膨らんでいる所の少し上を斜めに約4~10cm切開して手術を行います。おなかにヘルニア内容を押し戻し、ヘルニアの原因となっている穴の部分を塞ぎ、メッシュによって補強します。術後すぐに日常生活に戻れますが、一般的には手術後3~4週間は重いものを持つことや激しい運動などは制限されます。
鼠径部切開法にメッシュを使用する治療法は、日本では様々なアプローチとメッシュの種類があります(図8)。手術をおこなう施設ごとに使用するメッシュもアプローチも異なります。日帰りで手術を行える施設もあります。一生に一回の手術ですので、担当医から十分な説明を受けて、治療法をよく話し合って決めて下さい。
腹腔鏡下手術によるメッシュ法
手術方法の一つに、手術用の内視鏡を用いた腹腔鏡下手術があります。最近では手術件数が増加し、鼠径部ヘルニアの3~4割でこの手術治療が行われています(図8)。腹腔鏡下手術は、小さな5~10㎜のポートと言われる筒を腹壁から3本挿入し、おなかの中に炭酸ガスを入れて膨らんだ空間を利用して腹腔内で治療する方法です。3本の筒から内視鏡や手術器具を挿入し、その筒から腹腔内に炭酸ガスを送り込んで膨らませます(図9)。腹腔鏡にて映し出されたおなかの中を大きなモニターで見ながら、細い鉗子と呼ばれる手術器具を使用して治療する手術です(図10)。おなかの内側からメッシュ(網)をあてて穴を閉じるメッシュ法による治療法です(図11)。
この方法には大きく分けて二つのアプローチがあり、腹腔内(おなかの内側)から手術をおこなうTAPP(transabdominal preperitoneal approach)法とおなかの中まで入らずに腹壁内(おなかの壁)からおこなうTEP(totally extraperitoneal approach)法があります。どちらの方法もおなかを大きく切開することなく、おなかの中から薄いメッシュを大きくあてて治療するメッシュ法の一つです。図11では簡易的におなかの内側の壁に直接メッシュをあてているシェーマですが、実際には腹膜の外側にメッシュを展開しますので、腸管や内臓とメッシュが直接接することはありません。
腹腔鏡下手術は筋肉の切開や糸による縫合固定がほとんどありませんので、日常生活にすぐに戻りやすく、一般的には手術後の激しい運動などの制限は7日間ほどです。日本での腹腔鏡下手術は現時点ではTAPP法が多い傾向にありますが、手術をおこなう施設ごとにアプローチやメッシュの種類も異なりますので、担当医から十分な説明を受けて、治療法をよく話し合って決めて下さい。
成人鼠径部ヘルニアの手術成績に相違はあるか?
日本ヘルニア学会の鼠径部ヘルニア診療ガイドライン2015(文献④)、技術認定取得者のための内視鏡外科診療ガイドライン2014年版(文献⑤)では、以下のように推奨しています。
- わが国において特定の手術治療を行うように推奨する術式は報告されておらず、各施設(あるいは外科医師)で習熟した術式を用いることを推奨する。
- 腹腔鏡下手術は手術時間が長く医療コストが高いが、術後疼痛、神経損傷、慢性疼痛は軽度で術後の回復が早いとされている。しかしながら、臓器損傷などの重大な合併症の報告もあり、手技に十分習熟した外科医が実施する場合には推奨できる。
このように、現時点で鼠径部ヘルニアに対して日本で統一して医療界として推奨できる手術治療は確定されていません。手術を受ける皆様が、担当の外科医と十分ご相談して治療法を選択していただきたいと思います。
文献④:日本ヘルニア学会ガイドライン委員会編:鼠径部ヘルニア診療ガイドライン2015.金原出版,2015
文献⑤:日本内視鏡外科学会:技術認定取得者のための内視鏡外科診療ガイドライン2014年版,ワイリー・パブリッシング・ジャパン,2014
セカンドオピニオン
セカンドオピニオンは、患者さんに幅広く情報が得られるように、社会的に認められている制度です。セカンドオピニオンは癌だけでなく、すべての病気で活用できる制度です。治療ガイドラインではその施設(担当医)の習熟した術式を選択することを推奨しています。
鼠径部ヘルニアの手術治療には、組織縫合法・メッシュを使用した腹部切開法・おなかの中からメッシュにて治療する腹腔鏡下手術などのさまざまな選択肢があります。担当医だけでなく、別の専門医の意見を聞くことも時には役に立つかもしれません。手術法や治療法に不安がある場合には、いつでも別の専門医に相談して最適な治療を選択していただきたいと思います。