トップ > 学会会長挨拶

学会会長挨拶

跡見 裕跡見 裕

(あとみ ゆたか)

学会会長

年頭にあたり

 新しい年を迎え,日本臨床外科学会会員の皆様にご挨拶を申し上げます.

 従来,わたくしたちは我が国の医療保険制度が世界に誇れるものと考えてきました.

 2015年国連は持続可能な開発目標Sustainable Development Goals;SDGs として,17の目標と169のターゲットを公表しました.目標3 は,あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し,福祉を促進するとあり,その中で3.8には,すべての人々に対する財政リスクからの保護,質の高い基礎的な保健サービスへのアクセス及び安全で効果的かつ質が高く安価な必須医薬品とワクチンへのアクセスを含む,ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)を達成する,と記されています.UHCは,「すべての人が,適切な健康増進,予防,治療,機能回復に関するサービスを,支払い可能な費用で受けられる」ことなのです.世界保健機関(WHO)によると,世界では,毎年1 億5,000万人もの人々が家計が破綻するような医療費の負担を強いられ,うち1 億人がそれによって貧困ライン以下の生活に陥っています.1961年に達成された日本の国民皆保険制度がまさに国連が目指す制度に該当します.しかし,医師を対象としたアンケート調査では,半数以上が今の国民皆保険制度の持続は困難と考えているのです.国際公共政策研究センターによると,医療費の伸び率の要因(2003〜2014)は,高齢化と医療の高度化などがそれぞれ約半分ずつとされています.80歳から84歳では3 分の1 が要介護,要支援となり,国民医療費の20%を80歳以上の高齢者が占め,その多くは入院関連費用です.今の高齢化の状況を考えると医療費はますます高騰するのは必然です.数年前に財政が破綻したギリシャでは,費用の増大する医療分野が財政危機を招いた要因の1 つに挙げられました.人件費や医薬品支出に対するコストカット,医療保険制度の見直しなど厳しい予算管理が行われ, 5 年間で一人当たり医療費が35%低下する大幅な削減がされました.ギリシャより財政状態が悪い日本で同様な議論が出てくることは十分考えられます.

 日本の健康保険の加入者数は,国民健康保険約3,800万人,全国健康保険協会管掌健康保険は約3,500万人,組合管掌健康保険は約2,900万人,共済組合は約900万人,後期高齢者医療制度は約1,500万人です.現在の医療費の総額は約40兆円で,そのうち48.6%が保険料,12.3%が患者負担,38.4%が公費(税金)で賄っています.これ以上の税金投入は問題であるとの声も少なくありません.国民健康保険をみると2012年の全国滞納率は18.1%,東京都は24.1%でした.数百万人が滞納しており,これを無保険者とみなすと,これはもはや皆保険制度が維持されていると言えるのか疑問です.

 日本臨床外科学会は1937年の設立当時から,医療制度,医療保険制度も検討項目として取り上げてきた学会です.第一回総会の時に医療保険制度の問題点について提言しており,以降今日に至るまで積極的に保険医療の問題を検討しております.本会は全国に支部を有することから第一線で働いている外科医の要望をアンケート調査から取り上げ,外保連を介して提案することができています.ここの保険医療の手技料などに加え,国民皆保険制度の維持を踏まえた提言をする必要があります.

 また医師の働き方改革を巡り,2024年4 月から勤務医に適用される時間外労働(残業)の上限を規制する厚生労働省の制度案が示されました.勤務医一般の上限は「年960時間」との案です.ただし地域医療を担う特定の医療機関は,特例として勤務医一般の上限の約2 倍「年1900〜 2 千時間」を35年度末まで認めるというものです.特例の上限は休日労働を含みますが, 1 カ月に換算すると約160時間で,過労死ラインとされる「平均80時間」の2 倍となります.地域医療をしっかりと担保せねばならないことからの妥協案ですが,働き方を論じる上で医師の厳しい労働状況はしっかりと是正する方向性を見失わないようにせねばなりません.地域医療の担保は行政の責任であることは論を待ちません.医師の過重労働により支えられている現状をしっかりと認識していただく必要があります.厚労省の調査によると,年間の残業が1920時間を超える勤務医は約1 割となっています.外科医の労働条件の改善は必要不可欠なことです.若手の外科医だけではなく,中堅外科医が置かれている厳しい状況を解決することが喫緊の課題であります.各支部を介してのアンケート調査から様々な提言をしていかねばなりません.このように支部を有することが日本臨床外科学会の大きな特徴です.現時点では東京を除いた府県に支部がありますが,本年度中に東京支部が設立され全都道府県に支部が存在することになり,さらにより広く意見を吸い上げることが可能となります.

 役員,評議員,全会員の皆様の積極的なご助言,ご指導を期待しております.

(2019年1月)