日本臨床外科学会雑誌 第85巻4号 掲載予定論文 和文抄録

 

症例

乳房内に非浸潤性乳管癌(径9.0cm)を伴ったHER2陽性乳房Paget病の1例

札幌禎心会病院乳腺外科

田中 浩一

 症例は63歳女性.7年前から左乳房に発赤びらんが出現し徐々に大きくなったため来院した.左乳頭を中心とした7.5×5.5cmの楕円形の赤色調の湿疹様変化が見られ,皮膚生検でパジェット病と診断した.MRI検査では乳房内には径約5cmのnon mass like enhancementを認め,この範囲にDCISが広がっていると考えた.乳房全切除術およびセンチネルリンパ節生検を行い,病理組織診断はPaget’s disease,n0,浸潤部なし,ER陰性,PgR陰性,HER2スコア3+であった.乳房内に高異型度DCISの進展を認め,その範囲は9.0cmと術前診断よりも広範囲に及んでいた.乳房パジェット病の外科治療においては,他の乳癌と同様に病巣を取り残すことなく切除することが重要であり,自験例のように長期間放置され広範囲に進展したパジェット病においては,乳房内DCIS進展範囲を過小評価することなく確実に病巣を切除することが重要である.

顎下腺病変の治療後に乳腺炎として再燃したIgG4関連疾患の1例

JA愛知厚生連江南厚生病院外科

谷口 絵美 他

 Immunoglobulin(Ig)G4関連疾患は血清IgG4高値と,IgG4陽性形質細胞の浸潤および線維化により臓器に腫瘤や結節,肥厚性病変を生じる慢性炎症性疾患であり,乳腺に発症することは稀である.今回,顎下腺病変のIgG4関連疾患に対する治療後に乳腺炎として再燃した症例を経験した.症例は51歳,女性.当科を受診する2年6カ月前に両側顎下腺腫脹を認め,顎下腺生検の結果IgG4関連疾患と診断し,ステロイド治療を1年10カ月間行い症状は改善した.投薬終了から5カ月後に左乳房腫瘤を自覚して当科を受診した.乳房超音波検査で左CD領域に内部に血流を伴う小嚢胞の集簇を認めた.悪性病変を考慮し針生検を行ったところ,リンパ球や形質細胞の高度な浸潤を認め,免疫染色ではIgG4/IgG比80~90%,IgG4陽性形質細胞10/HPFを超えており,IgG4関連乳腺炎と診断し,ステロイド治療を再開した.

乳癌発症を契機に診断されたCowden症候群の1例

大崎市民病院外科

吉田 龍一 他

 Cowden症候群はPTEN遺伝子の生殖細胞系列の病的バリアントが原因で,全身に過誤腫性病変が多発し,その約30%に乳癌を合併する.今回,乳癌の発症を契機にCowden症候群と診断された1例を経験したので報告する.症例は34歳女性.近医で左乳癌と診断され当科紹介された.乳癌の家族歴あり,弟とその児がCowden症候群と診断されていたため,PTEN遺伝学的検査を施行したところ同じ病的バリアントを認めた.また,甲状腺腫瘍摘出術の既往や,巨頭症,食道グリコーゲンアカントーシス,多発脂肪腫,大腸ポリープを認めたことから診断基準を満たし,Cowden症候群と診断した.Cowden症候群の拾い上げには,家族歴・既往歴に加え頭囲計測や帽子のサイズの聴取が有用である.また,本症例は受精胚凍結保存したが,遺伝性腫瘍では妊孕性温存には十分な情報提供と意志決定支援が重要である.

術後32カ月生存中の17cm大肝転移を伴う胃原発絨毛癌の1例

国家公務員共済組合連合会斗南病院外科

依田 卓也 他

 症例は80歳女性.食欲低下と上腹部痛を主訴に受診した.CTで肝外側区域に早期濃染とwashoutを呈す15cm大の腫瘍を認めた.上部消化管内視鏡検査で幽門前庭部に3型腫瘍を認め,生検で腺癌が検出された.胃癌と肝細胞癌の重複癌の診断で幽門側胃切除術と肝外側区域切除術を二期的に施行した.胃の病理組織学的診断では,合胞体栄養細胞様の細胞の混在と,免疫染色でhCGに陽性を示す細胞を認め絨毛癌と診断した.肝腫瘍の病理組織像も胃病変と同一であり,胃原発絨毛癌(PGC)の肝転移と診断した.術後S-1単独療法を開始したが,術後12ヶ月で肺転移が出現した.逐次化学療法行い,術後32ヶ月の現在4次治療としてニボルマブ単独療法を行い担癌生存中である.
 PGCの同時性肝転移例は極めて予後不良であるが,治癒切除に加え一般型胃癌に準じた化学療法を施行することで,予後の改善が期待できると考えられた.

術中内視鏡が有用であった上腸間膜動脈閉塞症後の蛋白漏出性胃腸症の1例

名古屋セントラル病院消化器外科

岩田 尚樹 他

 蛋白漏出性胃腸症は様々な原因でおこりうる疾患であるが,上腸間膜動脈閉塞症治療後に発症する例はまれである.今回,上腸間膜動脈閉塞症の保存的治療後に蛋白漏出性胃腸症を発症し,腸管切除により改善した症例を経験した.
73歳男性,心窩部痛の精査で上腸間膜動脈閉塞症と診断され保存的治療を受けた.血栓消失後食事を開始したが腹痛と下痢が持続し,低アルブミン血症と全身浮腫が進行した.便中α1アンチトリプシン値が高値で,蛋白漏出性胃腸症と診断し栄養療法を行ったが改善せず,蛋白漏出シンチグラフィーで集積した上部空腸の切除を行った.術中内視鏡を行い,上部空腸粘膜面の潰瘍形成を確認し,潰瘍が存在した部位を全て切除した.術後は腹部症状なく,低アルブミン血症も改善した.上腸間膜動脈閉塞症の保存治療後の蛋白漏出性胃腸症は手術により改善するが,その切除範囲の決定には術中内視鏡が有用である.

虫垂重積で発見された虫垂神経節細胞腫の1例

南町田病院外科

北村 陽平 他

 症例は22歳女性。他院で虫垂炎と診断され、抗生剤内服にて経過を見ていたが、症状の増悪がみられ精査を行ったところ、回盲部重積と診断され当院紹介となった。当院で行った検査の結果、虫垂重積と診断し、内視鏡的な整復を試みたが、整復できず、腹腔鏡下虫垂切除術を行った。病理組織学検査の結果、虫垂神経節細胞腫の診断に至った。消化管に発生する神経節細胞腫は神経線維腫症1型(Neurofibromatosis-1)または多発内分泌腫瘍(Multiple Endocrine Neoplasia)に合併することがほとんどであるが、本症例はそれら疾患を合併しないものであり、それが虫垂に発生することは非常に稀である。また虫垂重積で発見されたものに関しては、検索し得る限りでは今までに報告がないため、文献的考察を加えて報告する。

修復術を行った横行結腸双孔式ストーマ脱の1例

仁和会総合病院外科

小林 秀昭 他

 ストーマ脱はストーマ造設術後,時間の経過とともに増悪し,ストーマ管理が困難になり手術必要となることがある.修復術に関してさまざまな方法が報告されているが,症例が多くないこともあり,標準的な方法は確立されていない.自動縫合器による修復術は,開腹せずにすみ,短時間で施行することができ低侵襲である.しかし,腸管の切離時に,腸間膜切離を同時に盲目的に行うため安全面に課題がある.症例は88歳,男性.右上腹部に横行結腸双孔式ストーマが造設されており,口側腸管が約20cm脱出していた.自動縫合器を使用せず,鉗子を使用し切離し,手縫い吻合による修復術を施行した.手術時間は約1時間強と少し長くなるが,直視下で腸間膜の処理ができる.今回われわれは,高度のストーマ脱に対して,安全性とコスト面に配慮した,局所的修復術を施行した1例を経験したので,若干の文献的考察を加えて報告する.

21歳女性に発症した特発性横行結腸重積の1例

新京都南病院外科

廣間 文彦 他

 21歳女性.入院2日前から腹部全体の痛みと嘔気が出現した.対症療法で経過を見たが,腹痛と水様下痢が悪化し,再度受診され,腹部CTで腸重積を認め緊急入院となった.大腸内視鏡検査を施行すると横行結腸に赤黒い腫瘤を認めた.腫瘤は内視鏡で容易に口側へ押し戻すことができ,腸重積は整復できた.亜有茎性の赤黒い腫瘤は盲腸に存在し,その周囲の粘膜には発赤や糜爛を認めた.翌日撮影した造影CTでは悪性の腫瘍を疑うような所見は認めなかった.腹痛が持続することと内視鏡にて赤黒い腫瘤を認めたことから,腹腔鏡補助下回盲部切除術を行った.病理所見では腫瘤状の部分は虚血による粘膜の変化と粘膜下層の高度肥厚であった.成人の特発性腸重積症について,過去の症例を含めて検討した.

Pembrolizumab投与により組織学的完全奏効が得られた進行横行結腸癌の1例

明石市立市民病院外科

松本 辰也 他

 症例は60歳の女性で、腹壁浸潤、高度リンパ節転移、腹膜播種を伴う進行横行結腸癌に対して、全身化学療法としてCapecitabine/oxaliplatin+bevacizumab 療法を開始した。1コース終了時点でMicrosattellite instability-high(以下、MSI-H)が判明し、Pembrolizumab(以下、Pembro)療法に変更した。Pembro投与後、腫瘍縮小の影響と考えられる穿通の増悪により、回腸人工肛門造設を施行し、感染のコントロールを要した。Pembro 4コース終了後、CT検査で原発巣は著明に縮小し、腹水も消失したため、腹腔鏡下拡大右半結腸切除術、D3郭清を施行した。切除標本の病理組織学的検査では腫瘍細胞の残存を認めず、組織学的完全奏功であった。MSI-H大腸癌に対するPembroの特異性を裏付ける1例であり報告する。

腹腔鏡下手術を行ったバリウムによるS状結腸穿孔の1例

京都府立医科大学附属北部医療センター外科

原 章一郎 他

 下部消化管穿孔では腹腔内汚染により高度な炎症が惹起されるが、バリウムによる穿孔ではバリウムが有する催炎症作用も加わりさらに強力な炎症が惹起される。治療としては外科的洗浄ドレナージが必須となり開腹手術が選択されることが多い。近年では腹腔鏡下手術の技術進歩とその適応についての慎重な検討の結果、下部消化管穿孔に対して腹腔鏡下手術が施行される機会が増加しており、バリウムによる下部消化管穿孔での報告も散見される。今回我々はバリウムによる下部消化管穿孔に対し、患者の全身状態と審査腹腔鏡所見を十分に考慮し、腹腔鏡下手術を施行したものの、術後バリウム遺残を来した一症例を経験した。バリウムという特殊な原因による下部消化管穿孔に対し腹腔鏡下手術を選択する場合、慎重な適応の検討に加え、併発症や合併症の予見とそれらに対する早期治療介入が良好な転帰を得るために必要と考えられた。文献的考察を含めて報告する。

ランデブー法による胆管ステントで治癒した肝切除後難治性胆汁漏の1例

帝京大学ちば総合医療センター外科

廣田 美央乃 他

 症例は78歳,男性.肝S2,S4を主座とする肝細胞癌に対して左肝切除術を施行した.術後,肝離断面のドレーンから胆汁様排液を認め,ドレーン造影で左尾状葉枝の離断型胆汁漏と診断した.さらに胆汁漏に伴う炎症により肝前区域胆管起始部に狭窄が生じ,内視鏡的に胆管ステントを留置した.ドレーン交換による膿瘍腔の消失後,左尾状葉胆管枝への無水エタノール注入により胆汁漏は一旦改善したが,エタノール注入に起因した炎症性変化により左肝管断端が破綻し膿瘍腔と交通をきたした.そこで,まず膿瘍腔への経乳頭的アプローチを試みたが,困難であったため肝離断面のドレーンの瘻孔からガイドワイヤーを挿入し,左肝管断端から総胆管,十二指腸乳頭部へ誘導し,内視鏡で十二指腸内から把持するランデブー法により胆管ステントを留置した.難治性胆汁漏に対して術中に挿入したドレーンの瘻孔を利用したランデブー法により内瘻化が得られた1例であった.

再手術でDIC-CTが有用であった膵頭十二指腸切除術後胆汁瘻の1例

済生会横浜市東部病院外科

江刺 隆樹 他

 症例は81歳男性で,膵頭部癌に対し膵頭十二指腸切除術を実施した.術後に炎症反応上昇を認め,腹水ビリルビン高値から胆汁瘻と診断した.ドレナージによる保存加療で改善が乏しく,外科的治療の方針とした.17病日にDrip-infusion cholangiography with computed tomography(DIC-CT)を施行すると肝管空腸吻合部前壁から造影剤漏出を認め,吻合部前壁の縫合不全による胆汁瘻と診断し,18病日に再手術を施行した.術中所見では,術前画像で想定された吻合部前壁に壊死性変化と縫合不全,胆汁瘻を認めた.吻合部前壁への追加縫合を行い,逆行性経肝的胆道ドレナージチューブの留置,胆管空腸吻合部後面にドレーン留置を行った.再手術後は経過良好で,初回術後40病日に軽快退院した.DIC-CTは術前の胆道評価や肝切除術後胆汁瘻の評価に用いられるが,膵頭十二指腸切除術後の胆汁瘻に対して,DIC-CTで漏出部位を正確に特定でき,治療戦略の検討に有用であった症例を経験したため,文献的考察を加えて報告する.

後腹膜原発グロムス腫瘍の1例

NTT東日本関東病院外科

小林 尚輝 他

 症例は45歳男性.肝機能障害に対する精査を目的に施行された腹部CTにて膵体部背側に内部が不均一に造影される最大径28mmの腫瘤が認められた.腫瘍が膵原発であるか後腹膜原発であるかの判断が困難であったが,超音波内視鏡下穿刺吸引法による組織診を施行したところ,グロムス腫瘍の疑いとなった.診断的治療を目的として腫瘍摘出術を施行した結果,後腹膜原発のグロムス腫瘍との病理組織診断に至った.グロムス腫瘍はグロムス細胞由来の腫瘍であり,爪甲下に好発することが知られている.腹部に発生するグロムス腫瘍として,胃や小腸などの消化管に発生した症例の報告は散見されるものの,後腹膜に発生したグロムス腫瘍は検索し得た限り自験例含め3例の報告を認めるのみであり,原発部位として極めて稀であると考えられた.

鼠径部感染性リンパ節炎と鑑別を要した精索脂肪肉腫の1例

聖路加国際病院消化器・一般外科

三本松 毬子 他

 45歳,男性.左鼠径部違和感を主訴に前医を受診.造影CTで左鼠径リンパ節炎の疑いと診断され抗菌薬加療が開始されたが,症状改善に乏しく,当院を紹介受診.トキソプラズマ症の疑いで内服加療継続となるも,依然として症状が改善せず,悪性リンパ腫などとの鑑別診断のためリンパ節生検目的で当科コンサルトとなった.術前MRIにて既知の腫瘤は鼠径管由来の軟部腫瘍を疑う所見であり,一般外科・泌尿器科合同での手術を企画した.術中所見では,鼠径管前方に既知の腫瘤を確認し,鼠径管後壁・恥骨前面まで浸潤を認めたため,可及的な腫瘤切除および左高位精巣摘除術を施行した.術後病理組織診断は脱分化型脂肪肉腫であった.
 脂肪肉腫は,軟部悪性腫瘍の約20%を占めるが,精索や陰嚢内に発生することは比較的稀である.鼠径部腫瘤の病態としては鼠径ヘルニア,リンパ節炎などが一般的であるが,本疾患も鑑別疾患に含める必要があると考えられたため,文献的考察を含めて報告する.

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