日本臨床外科学会雑誌 第86巻7号 和文抄録
綜説
甲状腺微小乳頭癌の積極的経過観察と将来展望
東京女子医科大学内分泌外科
堀内 喜代美
甲状腺微小乳頭癌に対する積極的経過観察は,日本から前向き試験を行い世界で初めて提案した.今や世界が追従している管理方針であり,本稿では積極的経過観察に至る歴史からこれまでの研究について解説する.
臨床経験
生体腎移植におけるマージナルドナーの腎予後および手術成績
虎の門病院腎センター外科
井上 翔太 他
緒言:近年,本邦においては移植適応が境界領域であるマージナルドナーによる生体腎移植が増加している.方法:2015年から2022年に当センターで腹腔鏡下移植用腎採取術を受けた生体ドナーを対象とした.スタンダードドナー群(SD群)とマージナルドナー群(MD群)に分類し,ドナーの腎予後と手術成績,腎予後のリスク因子を検討した.結果:201人の生体ドナーのうち131人がSD群,70人がMD群であった.退院時から術後3年までのeGFRはMD群で低値であった.手術成績は同等であった.術前の低腎機能と高齢がリスク因子となり,複数のマージナルファクターを有する場合には腎予後が悪い傾向であった.結論:MD群はSD群と比較して腎予後が不良であった.低腎機能あるいは高齢のリスク因子を有するドナーと,複数のマージナルファクターを有するドナーでは特に腎予後に注意が必要である.
症例
乳管内成分のhealingのため広がり診断に苦慮した浸潤性乳癌の1例
防衛医科大学校外科学講座
古賀(福村)麻希子 他
乳癌においては乳管内成分の部分的自然退縮,所謂healingの報告が散見されるが,日常診療上の問題となることは少ない.今回われわれはhealingを伴い,病変の広がり診断に苦慮した浸潤性乳癌の1例を経験したので報告する.症例は64歳,女性.検診でカテゴリー4の石灰化病変を認めた.初回針生検では悪性所見を認めず,経過観察では石灰化巣が一時減少していたが,2年後に石灰化巣が再び増加し,再度の針生検で乳管癌の診断となった.左乳房部分切除術+センチネルリンパ節生検が行われ,病理診断は浸潤径7mmで広範な乳管内進展成分を伴うHER2陽性乳管癌であった.乳管内成分はviableな部分とhealingに陥った部分とが混在し,両者の一部が切除断端に近接していたため,後日残存乳房切除を行ったが,癌の遺残やhealingの所見は明らかではなかった.DCIS成分のhealingをviableな成分と同様に評価することは適切な外科切除範囲の決定に役立つ可能性が考えられた.
トロンボポエチン受容体作動薬併用で周術期治療を完遂したITP併存乳癌の2例
北海道大学乳腺外科
李 東 他
特発性血小板減少性紫斑病(ITP)は免疫機序により血小板が減少する後天性疾患であり,固形癌を併存すると周術期や化学療法中の血小板減少リスクが高く,治療が困難となる.今回,われわれはトロンボポエチン受容体作動薬(TPO-RA)を用いて手術および化学療法を完遂したITP併存乳癌の2例を,文献を踏まえて検討した.症例1は47歳,女性.乳癌の診断と同時に血小板減少を認め,精査でITPの診断となった.エルトロンボパグ(12.5-37.5mg)+プレドニゾロン(5mg)で血小板は10万/μl以上に維持でき,手術と術後化学療法を施行した.症例2は16歳でITPを発症し,プレドニゾロン2.5mgで安定していた.47歳で乳癌と診断され,血小板輸血のうえで手術を施行し,術後エルトロンボパグ(25-37.5mg)を開始し血小板を10万/μl以上に維持でき,化学療法を完遂した.
TPO-RAを用いることで,ITPを併存する乳癌患者において血小板数を安定的に維持し,手術および化学療法を安全に完遂できる可能性が示唆された.
内分泌療法単独で17年間長期奏効しているde novo StageⅣ乳癌(肺・肝)の1例
平鹿総合病院乳腺外科
森下 葵 他
症例は診断時69歳,女性.初診の7年前に左乳房のしこりを自覚したが放置していた.乳房に潰瘍が形成され,出血や悪臭を生じるようになり当院を受診.左乳癌cT4bN1M1(肺,肝)StageⅣ,ホルモン受容体陽性,human epidermal growth factor receptor 2陰性乳癌と診断された.一次治療としてアロマターゼ阻害剤単独で治療を開始した.治療開始後6年7カ月のCTで原発巣の増大を認め,フルベストラントに変更した.治療変更後10年10カ月経過し,現在も縮小を維持している.現在は一次治療から内分泌療法とcyclin-dependent kinase 4/6阻害剤の併用が推奨されているが,内分泌療法単独で17年の長期奏効が得られたde novo StageⅣ乳癌を経験したため,文献的考察を加えて報告する.
オラパリブが7年著効しリスク低減卵管卵巣切除術を行った再発乳癌の1例
昭和大学医学部外科学講座乳腺外科部門
中山 紗由香 他
BRCA病的バリアントを有する乳癌既発症者に対し,リスク低減卵管卵巣摘出術(RRSO)およびリスク低減乳房切除術(RRM)はそれぞれ癌発症リスク低減効果が認められ,2020年に本邦で保険収載された.一般的にリスク低減手術は原発性乳癌手術時または術後経過観察中に実施される.一方で,転移再発乳癌に対するRRSOおよびRRMの効果は不明である.2018年に本邦でオラパリブが承認されたことによりBRCA病的バリアントを有する転移再発乳癌の予後改善が期待され,長期奏効が得られる症例も存在する.しかし,オラパリブの適格症例は少なく,長期投与や長期奏効時のRRSO・RRMに関する症例報告はいまだ少ない.当院でオラパリブ投与により長期完全奏効が得られた症例に対し,RRSOとRRMを施行した経験を報告する.症例は現在まで9年4カ月オラパリブ投与を継続しており,われわれの知る限り世界最長症例である.
皮膚瘻形成後nivolumab著効後に切除した胃癌の1例
市立青梅総合医療センター外科
竹中 芳治 他
症例は58歳,女性.cT4aN1M0胃癌に対し開腹手術を施行した.肝十二指腸間膜を含めた小弯側への浸潤と腹腔内洗浄細胞診陽性により,術式を胃空腸バイパス手術とした.1st line SOX療法を開始,続いて2nd line PTX+RAM療法を継続中,非切除の腫瘍が腹部切開創に浸潤し癌性胃腹壁皮膚瘻形成をきたした.即3rd line nivolumab単剤療法を開始.著効を示し,3コース終了後には瘻孔の完全閉鎖をみた.食事摂取,QOLは良好であった.Nivolumab計40コース継続後に施行しえたconversion手術はR0手術となり,切除標本で皮膚瘻周囲組織の癌細胞消失と原発巣pCRが確認された.右噴門リンパ節1つのみに癌細胞の遺残があり,ypT0N1の診断となった.後療法を施行していないが,現在5年間無再発生存中である.胃癌が腹壁皮膚に浸潤し胃皮膚瘻形成に至ることは,開腹後の創部であったとしても極めて稀である.胃皮膚瘻形成とnivolumab著効による閉鎖,原発巣pCR,conversion手術後長期生存と,興味深い経過を辿った症例を経験したので報告する.
腸閉塞を契機に診断したIgG4関連小腸病変の1例
中東遠総合医療センター外科
池田 幸陽 他
症例は60歳の男性で,心窩部痛を主訴に救急搬送された.来院時腹部造影CTでは骨盤内の小腸に限局性の壁肥厚とその口側の小腸の拡張を認めた.小腸腫瘍による腸閉塞と診断し,イレウス管で減圧後,入院8日目に腹腔鏡補助下小腸部分切除術を施行した.術中所見では狭窄部の小腸は結腸垂と癒着していた.癒着剥離後創外へ引き出し,狭窄部を含めた約20cmの小腸を切除した.切除標本では狭窄部に全周性の潰瘍と壁肥厚を認めたが,明らかな腫瘍性病変は認めなかった.病理組織学的には小腸壁全層に著明なリンパ球,形質細胞の浸潤と線維化を認め,IgG4/IgG陽性細胞比は40%以上,かつIgG4陽性形質細胞が10/HPFを超える箇所を認めた.また,特徴的な花筵状線維化と閉塞性静脈炎の所見を認めた.術後の血液検査では血清IgG4値は1,007mg/dlと高値であった.以上よりIgG4関連疾患と診断した.経過は良好で,術後8日目に退院となった.術後1年5カ月現在,経過観察中であるが新規病変は認めていない.
腹腔鏡下に切除した小腸間膜原発神経鞘腫の1例
三愛会総合病院消化器外科
佐野 直樹 他
症例は54歳の女性.右尿管結石で救急外来を受診時に,CTで骨盤内腫瘤を指摘された.造影CTでは骨盤内右側に石灰化を伴い背側に造影効果を伴う45mm大の境界明瞭な腫瘤を認めた.右卵巣腫瘍との鑑別を要したが,右卵巣静脈との交通がなく,上腸間膜動静脈との交通があることから小腸間膜由来と診断し,平滑筋腫やGISTを鑑別に切除の方針とした.腫瘍は小腸間膜原発であり,辺縁動脈の温存が困難であったため,腹腔鏡下小腸部分切除術を施行し病理組織学的に神経鞘腫と診断された.術後経過は良好であり,術後1年7カ月現在再発を認めていない.神経鞘腫はリンパ節転移の報告はなく,被膜を含めた腫瘍摘出が原則である.悪性を疑う場合や,腫瘍の局在により腸管合併切除を要する.悪性例の報告もあるため,摘出時の被膜損傷には注意が必要である.小腸間膜原発神経鞘腫は非常にまれな疾患であり,腹腔鏡下切除術を施行した1例を経験したため報告する.
索状物による絞扼性胆嚢炎の1例
熊本赤十字病院外科
小野 航平 他
症例は72歳,男性.心窩部痛,嘔吐が出現し,次第に増悪したため当院の救急外来を受診した.CT所見より胆嚢捻転症の診断で,同日緊急手術を施行した.手術は,4port法で腹腔鏡下胆嚢摘出術を施行した.術中所見では,胆嚢頸部に大網および小網から連続するバンドが交絡し,これにより同部が絞扼されそれより底部側の胆嚢は壊死に陥っていたが,捻転はしておらず,絞扼性胆嚢炎と診断した.術後経過は良好で術後4日目に自宅退院とした.索状物による絞扼性胆嚢炎は稀な疾患であり,文献的考察を含めて報告する.
異なる治療を行った胆嚢出血の3例
津山中央病院外科
實金 悠 他
胆嚢出血は稀な病態であるが,当科では異なる治療を施した3例を経験した.症例1は38歳,男性.右季肋部痛を主訴に受診し,造影CTで胆嚢内に造影剤漏出を認め,胆嚢炎穿孔による胆嚢出血を疑い,緊急開腹胆嚢摘出術を施行し術後9日で退院となった.症例2は60歳,女性.右上腹部痛を主訴に受診し,CTで胆嚢出血と術前診断し,腹腔鏡下胆嚢摘出術を施行した.術後,総胆管内血腫が疑われたが再検CTで改善を確認し,術後5日で退院した.症例3は79歳,男性.COPD急性増悪で内科入院中に胆嚢炎と胆嚢出血が疑われたが,保存的加療にて症状も改善,退院となった.悪性所見の有無を精査する方針としていたが,2カ月後に腹痛にて当院救急外来を受診し,急性胆嚢炎の診断で緊急腹腔鏡下胆嚢摘出術を施行,術後3日で退院となった.いずれも病理所見は慢性胆嚢炎で悪性像を認めなかった.各症例の経過と文献的考察を加えて報告する.
膵管内管状乳頭腫瘍との鑑別診断が困難であったIPMNの1例
北海道大学大学院医学研究院消化器外科学教室Ⅱ
内藤 善 他
副膵管に結節性腫瘍として観察され,膵管内管状乳頭腫瘍(ITPN)と膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)との鑑別が困難であった膵管内腫瘍を経験したので報告する.症例は56歳,男性.健診での腹部エコーで膵管拡張を指摘された.副膵管内に結節性腫瘍を,また,副乳頭部十二指腸粘膜に陥凹を伴うびらんを認め,生検にて腺癌と診断された.さらに,膵管造影により膵管癒合不全を認めた.以上より,ITPNおよび十二指腸浸潤と診断し,亜全胃温存膵頭十二指腸切除術を施行した.標本では,副膵管内に15×9mm大の腫瘍を認め,粘液を含まない異型上皮が乳頭状・管状に増生しており,一部に十二指腸筋層への浸潤を認めた.免疫染色では,MUC1・MUC6が陰性,MUC2・MUC5ACが陽性であった.臨床所見ではITPNを積極的に疑ったが,免疫染色の結果からはIPMNを疑う所見となり確定診断に至らなかった.
腹腔鏡観察後に鼠径部切開法にて修復した腎移植側鼠径ヘルニアの1例
城山病院消化器センター外科
多木 雅貴 他
腎移植側の鼠径ヘルニアの修復術を行うに至っては,移植尿管を含む解剖の同定が困難になるため手術に難渋することが多い.今回,われわれは腎移植後の両側鼠径ヘルニアに対して,蛍光ガイド尿管カテーテルを用いて移植尿管を確認し,安全に修復を施行しえた症例を経験したので報告する.症例は61歳の男性で,7年前に多発性嚢胞腎による慢性腎不全に対して右腸骨窩に生体腎移植を受けている.精査の結果,両側鼠径ヘルニアの診断に対して,腹腔内観察後にLichtenstein法で修復を行った.術前に移植尿管に蛍光カテーテルを留置しておき,術中に発光させることで移植尿管を任意のタイミングで確認しながら操作を行い,安全に手術を行うことが可能であった.文献検索において,移植尿管の損傷や膀胱損傷を認めて再手術を要した症例も認めており,蛍光ガイドによる解剖把握は安全性を高める有用性のある手技と考える.